方法としてのズレ
「法と心理学会」が設立されたのは2002年11月のことだった。「法」に関わる「人間行動・心理」に関心のある心理学者と、「人間行動・心理」という視点から「法」をとらえていくことに関心のある法学者、法律実務家が共同で立ち上げた学会である。
同じ現象に対しても心理学の世界と法の世界ではとらえ方がまったく異なっていることがある。
たとえば記憶。心理学では体験した出来事を事細かに話せることが必ずしも記憶の正確さとは結びついていないと考えるのが普通だ。
想起された出来事の細部が、元の体験で得られたものではなく、後から紛れ込んでしまった情報によってつくられている場合があるからだ。
一方、法廷では目撃証言や自白が「詳細かつ鮮明に語られている」ことが信用性評価の重要なチェックポイントになっている。
おそらく「科学的には」心理学の見方が正しい。しかし、「確かに一般的に言えばそうなのかもしれないが、この事件の証言について、何か体験以外のものが紛れ込んでいると云う事を証明できますか」と法律家に訊かれたら心理学者は黙るかもしれないだろう。
心理学的記憶研究は、たくさんの被験者を対象にして実験をおこない、その結果得られた平均値に基づいて「人間」が共通に持っている記憶特性を解明することを主な課題にしてきた。つまり記憶の一般法則の解明である。
これに対して刑事裁判では一度だけ起こった事件で、一回限りの体験をした「個人」の想起が問題になる。
実験室とは比べ物にならない複雑さで様々な要因が絡まり合う現実世界のなかで、記憶の挙動を完全に予測しとらえることができるような一般法則など存在しない。
現実世界の中での一回限りの体験と想起。記憶の一般的法則の発見を目指してきた心理学にはそれをとらえる方法が欠けている。
「詳細かつ鮮明」というチェックポイントは、個別の事例をとらえるときにh、それなりに有効に機能してきた実践的な知識なのである。
心理学と法学系の共同研究を実質的にすすめていくためには、2つの「文化」の間にこうしたズレを一つずつ丁寧に明らかにしていく必要があるだろう。